猫が死ぬ時 犬が死ぬ時

 

犬も猫も人間より寿命が短い。

 

 

最近の犬や猫は寿命が延びたとはいえ、それでも人間よりは早く命が尽きる。

 

 

今日、山梨に住む友人と、彼女の家の病気のわんちゃんのこと、
車に轢かれて腰の骨が折れたた状態でありながら、気丈にも自力で家まで帰還して、
その後、骨折を自分で癒してしまった奇跡の猫ちゃんの話をした。

 


私のオーガニックペットフードをお求め下さる方は、

当然のことだけど全員が犬や猫を飼っている。

 

なので、私は犬や猫のことを、普通の人よりたくさん話すことになる。

 

で、私が感じるのは、
犬も猫も飼い主さんの心や魂に寄り添って生きているということ。

 


犬や猫に感情などあるはずがないという人も、世の中には存在するけど、

私はそうは思わない。

 

 

 

逆に、飼い主さんが心に抱いている「思い」を具現化しているように思えてならない。

 


ペットにも食育は大事だという話をすると、

好き嫌いが激しくて食べてくれないと嘆く飼い主さんがいる。

今日は食べるか、
どうしたら食べてもらえるか、
なんとか食べさせるにはどうしたらいいのか。

 

それを四六時中考えている飼い主さんに飼われている子は、
食べない困ったちゃんとして飼い主さんの前に現れる。

 

 

トイレトレーニングがうまくいかなくて、
いつも粗相をしてしまうんですと気にしている飼い主さんのところには、

トイレのしつけができないまま注目を浴び続けたい子が居るのだ。

 

だから、問題行動も、病気も、飼い主さんの意向なんじゃないかって思えてしまう。

 

彼らはそのくらい、飼い主さんを愛している。


うちの次男は獣医師をしている。

 

犬や猫の存在をこんな風に捉えている私の身近で暮らしてきたせいか、
彼は動物の終末医療に懐疑的な先生になってしまった。

 

ペットの医療の高度化は、人間の医療の高度化に追いつかんとしている。

「だけど」、、、、

と、彼は言う

 

「死ぬ時に飼い主さんのそばで死ねないのは可哀想なんじゃないか」

 

「慣れない病院に入院させて延命して本当に幸せなんだろうか」と。

私も同じこと思ってた。

 

 

 

死に方は生き方でもある。

ペットフードの危険性を本にも書いたけど、

悪質な化学薬剤まみれの食事を毎日食べて生きてきた子の死に様は、
苦しみを伴うことが多い。

 

ということは、

生きている間も、体は苦しんで悲鳴を上げているんじゃないかと思う。

 

静かに眠るように息をひきとる。

 

そういう死に方をさせてあげたいから、
そういう生き方をさせてあげたいと、
私は願わずにはいられない。

 

犬の気持ち、猫の気持ちを聞いてあげて欲しい。

 

彼らが言っている言葉に耳を傾けて欲しい。

 

それは人間と同じ「言葉」ではないかもしれないけど、
きっと語りかけていることがわかるはずだから。

 

どう生きたいか、どう死にたいか聞いてあげて欲しい。

 

そして、「ありがとう。良く生きたね。」と見送れるお別れができたらいいなと思うのだ。

 

 

ああ、これは犬や猫とのお別れに限ったことではないな。

愛する人々とも、そんなお別れができる生き方と死に方ができたらいいよね。

 

 

 

 

 

 

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