花を手向けられた縄文の犬たち

 

私の墓前には誰かが花を手向けてくれるだろうか?

 

 

 

 

人は長い年月犬と共に生活をしてきた。

 

 

日本では、縄文時代早期の貝塚から、最も古い犬の骨が出土している。

 

 

縄文時代の人たちは、犬を花と共に埋葬していたらしい。

 

 

 

愛媛県上黒岩岩陰遺跡で見られる犬の埋葬場所には、

飼い主が手向けたと思われる花束の花粉がごっそり見つかっているそうだ。

 

 

縄文時代の犬たちは、亡くなれば花が供えられるほど愛される存在だったことがうかがえる。

 

 

 

 

縄文時代の犬たちは、主に狩猟の役割を負っていたようだ。

 

他の時代の犬骨に比べて、脊椎や関節の損傷跡が見つかることが少ないことから、

荷物の運搬、牽引などの作業には使われなかった一方で、

外傷や骨折の跡は多いことが、猟犬としての役割を物語っている。

 

 

これは、その時代の犬の歯の損傷が、現代の猟犬の歯の損傷に類似しているということからも推察される。

 

 

獣に噛みつき、激しく攻撃して、受けた傷跡が猟犬としての役割を果たしていた彼らの姿を彷彿とさせる。

 

 

 

 

外傷を負ったり、病気になった後も、家族として扱われた犬たちには治療が施され、

死後も手厚く葬られた痕跡が遺跡に残る。

 

 

 

命の糧となる獣を狩るために、犬は大きな役割を担っていたのだと思う。

 

だから犬は人間の大切な相棒であったはずだし、食べ物を分け合う仲間であり家族であったはず。

 

 

 

アボリジニやアメリカのネイティヴインディアンの人たちは、

テレパシーで通じあうことができるというが、

この太古の縄文の民だって、寝食を共にする犬たちと、テレパシーで会話していたのではなかろうか。

 

 

 

 

犬を命として扱い、慈しんだ心やさしい縄文の人々。

 

 

時代が弥生時代へと移り、大陸から稲作文化と犬食文化が渡ってきたようで、

弥生時代の犬骨は、縄文時代に花と共に埋葬された犬と違い、

バラバラに散乱したものが多くなったという。

 

 

 

 

 

古事記や日本書記ができる前に暮らしていた人々。

 

狩猟で得た獲物を必要最低限だけ食べ、日本の恵み多き四季の移ろいに合わせて生きてきた人々。

 

なんと洗練された生き様だったことか。

 

 

縄文時代というのは12,000年も続いた時代だったわけで、

その後の弥生時代から現代までの2800年ほどの年数と比べても、

もう比類なく長い!

 

 

 

飢餓問題を抱えながら、同時に食料廃棄問題にも直面する現代。

 

犬も猫も家族同様だと言いながら、犬猫の殺処分問題は終わりなき戦いかのように立ちはだかる。

 

 

犬を花と一緒に埋葬した縄文人が聞いたら、何と言うだろう。

 

 

大自然の中で多くの命と共生をしていた人々は、

12,000年の長い歴史を作ったけれど、

このまま私たちが、今のままの生き方をしていったら、

本当に12,000の時を紡げるのかと考えたら、なんだか心もとなくなってしまった。

 

 

 

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