減点され続けた人と加点されてきた人の行く末

 

 

あなたの持ち点は100点です。

 

 

そんな風に上限が決まったところから減点されていく。

日本の教育はだいたいこの方式が多いと思う。

 

 

 

テストは100点満点。

 

できなかったこと、理解していないこと、忘れてしまったことなんかがあると、
そこから点数が引かれていく。

 

 

できないことにフォーカスして、できないことを克服しないと「偉い人」になれない、
優秀じゃないってレッテルが貼られていく。

 

 

そういうわけで、たった一つの正解、
先生が求める模範的な正解にたどり着けないと、
ダメと言われ、脱落していくことになる。

 

 

 

私は先生とは別の人格なんだけど、、、と思っても、
先生が考える「こう回答すべき」と言う「模範」に到達できないと、減点されてゆく。

 

 

 

この間、娘がテスト前で準備に忙しそうにしていた。

 

テストが終わってからその首尾を聞いてみたら、
「あ、108点もらった」という返事がかえってきた。

 

 

テストはアメリカでも100点満点のはずだけど、何か余計にできたことがあると加点してくれるらしい。

 

できたことを認めてくれるから108点というのもアリなんだな。

 

 

 

 

そもそもアメリカでは、生徒たちは自分のできないことをあげつらねたりはしない。

 

 

自分ができること、やってきたこと、

自分はこんな風に素晴らしいのだということを
一生懸命人前で説明しようとする。

 

 

できること、できたことにフォーカスしているから
次もできるんじゃないか、もっとできるんじゃないかって思えてくるのだと思う。

 

 

 

 

こうやって、ちょっと違った土壌の元で、長いこと教育されてくるわけだけど、
どっちのマインドセットが土壇場で強い自分を作れるんだろう?

 

 

 

日本のスポーツ選手が、あとちょっとのところで逆転負けを食らう。
そんなシーンは枚挙にいとまがないように感じる。

 

 

何ができるの?
おお、そんなことができるんだね!

って、認められて育つのと、

はい、これできてないよ!減点〜!
顔洗って出直せ!

って言われ続けるのと、

こういうところでも差が出てくるような気がしてならないのだ。

 

 

 

 

日本の教育が、加点式の考えにシフトする日は来るのだろうか。

 

 

 

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