お手当てのススメ

 

 

”日本人はたいがい皆そうである”、

 

 

 

という括りをしてしまうと語弊があるかもしれないので、

”私の家族は”という前置きにしてみるけど、

私の家族は、結構頻繁にマッサージをする家族だった。

 

 

それは、義母の行動が、私へ、孫へと、自然に受け継がれていったものだが、

温もりのある誰かの手で、体を触ってもらうだけで、

私はヒーリングだと感じてきた。

 

 

だから、我が家で誰かが調子が悪いと言った時のファーストエイドは、

お風呂に半身浴でゆっくり浸かることと、

エキナセアのチンキを口に入れることと、

体を揉んだりさすったりすることと決まっている。

 

 

 

さらに豪華(?)なオプションを付ける時は、

湯船にバスソルトを入れたり、

エキナセアを、ジンジャーハニーティーに入れたり、

エッセンシャルオイルの香りとホホバオイルと共にマッサージをしたりする。

 

 

 

 

調子が悪いとまではいかなくとも、

なんだか疲れた時にマッサージされるのは心地良い。

 

 

それは、「お手当て」という言葉を持つ

日本人ならではのヒーリングの概念なのだろうか?

 

 

 

 

私が参加しているサンタモニカの気功のクラスでは、時々クラスの最後に

二人組みになって、背中をマッサージし合うことがある。

 

 

 

人の肌に触れるというのは、「気」の循環をさせる一つのメソッドだと思っている私は、

マッサージという名気功のレッスンが結構気に入っている。

 

 

 

その日私は、最近気功に参加し始めたばかりの黒人の女性とペアになった。

 

 

私が背中に触ろうとすると、人に体を触らせるのには慣れていないと言った。

 

 

 

それで、私は、「うちの家族はね」と言わずに

「日本ではね」という大風呂敷を敷いて、

「体温のある人の手で触れることは、それだけでヒーリングだって言われてるのよ」と話して

彼女の背中に手を触れた。

 

 

 

ふくよかで暖かそうな背中なのに、服を介して伝わる体温はちょっと冷たかった。

 

 

彼女の呼吸と同調するように、硬くなった首筋と背中をマッサージした。

 

 

 

 

 

人は、体に傷を負っていたら、触られたら痛くてたまらない。

傷が悪化するから触らないで欲しいと思う。

 

 

心に傷を負った時も、傷は目では見えないけれど、同じように触られたくないと思う。

 

 

心と体は切り離せないから、心が傷ついている時も体に触れて欲しくないのかもしれない。

 

 

 

 

その後でよくよく聞いてみたら、黒人の彼女は娘さんを亡くしたばかりだと話してくれた。

 

 

悲しみを一人で抱え込んで、凍てついた心、こわばった身体。

 

 

 

9年前、夫が急死した時、
私は悲しみを押さえ込んで心を閉ざした。


体を動かすことすら嫌だった。

 

 

あの時、親よりも先に逝った息子を思う
義母の心情に、もっと寄り添ってあげればよかったと悔やんでいた私。

 

 

 

 

日本では誰もがやってるナチュラルヒーリングだからと説得して

彼女の身体に触ってあげてよかったと思った。

 

 

人を癒すことは、自分も癒されることなのだと思った。。

 

 

 

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