犬から学ぶ「今を生きる」

 

うちの犬はニーチェという、哲学者と同じ名前を持っている。

だけど、哲学は語らず、よく食べてよく眠る。

 

 

昼間でもよく寝るニーチェは、寝たり起きたり。

 

その都度新しいニーチェとして起きてきては

今度は何して遊びます?

何か美味しい食べ物、もらえます?

って聞きに来る。

 

 

今自分がしたいことをして、今感じた気持ちを体全体で表現する。

 

 

決して昨日のニーチェを引きずることなく

今、今日のこの瞬間のニーチェがそこにいて

その時その時のニーチェを表現している。

 

 

 

 

 

ニーチェの時間軸は水平方向に前後へと繋がってはないようだ。

 

 

過去も未来もなく、今のニーチェだけがここに居る。

 

寝る前に叱られたことは、新しく起きたらきっともう忘れ去ってる。

 

 

人間は、それまでの努力の積み重ね、知識の蓄積、獲得した地位とか人脈とか、周囲からの評価とか、

いろんなしがらみを持っているから、

幾重にも積み重なったこういったフィルターを通して物事を見てしまう。

 

 

せっかく築いたものを無にすることはできないじゃないか、って思って

時間軸を連続させたものとしたがる。

 

 

そうすると、捨てられないモノたちは、やがて自分のセルフイメージへと成長していき、

まるで「私」のような顔をしてそこに存在するようになってゆく。

 

 

 

 

ああ、これが「フェイクな私」の誕生の初期段階だったなんて!

 

 

今に生きられなくなると、この澱(オリ)のように沈殿したモノたちが

書き換えられずにどんどん積み重なり続ける。

 

 

 

溜まって積み上がるのが、ポジティブなものばかりなら、もしかしたら問題なく進んでいくのかもしれない。

 

 

でも、ネガティヴがあたかも自分のセルフイメージのような「顔」をして居続けるから

自己否定やら自己卑下やら、自分のことを大事に扱うことが難しくなって、

何に対しても、粗雑で心の伴わない態度で接することになってしまう。

 

 

ニーチェを見てみたらどうだろう?

 

 

彼はいつだってしつこいくらい変わることなく一生懸命に全身全霊で向かってくる。

 

 

私もニーチェのように、

脇目も振らずに全身全霊で、「今」を生きていたいと思う。

 

 

 

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