ハロー!マイZ!

 

 

Zというのはアルファベットの最後の文字でもある。

 

 

 

私がリアルにこの「Z」に出会ったのは、実は去年の秋のこと。

 

 

ある時ふと湧いたようにやってきた出会いだった。

 

 

 

 

日常会話にも時々不自由を感じる私の英語力と共に繰り広げるアメリカ生活の中では、

ヨガをやっている時でさえ、意味の分からないワードに多々出会う。

 

 

ヨガであれば、動きの流れで、ああ、ここの体の部位のことだな、と判断して理解をすることもできなくはない。

 

 

でも、一日経つと記憶は薄れ、同じ単語が、二度目も三度目も、

まるで初めましてのような顔をしてやってくる。

 

 

 

 

この間ヨガのクラスの時に、「セイクラム(Sacrum)」という単語と出くわした。

 

Sacredみたいに、何か神聖な神様に関連したもの?と想像していたら、

ドイツからの移民であるドリーンが

 

 

「シャーロット(←先生のファーストネーム)! Sacrumって正確にはどの部分を指の?」と質問をしてくれた。

 

 

 

そんなことがあって、Sacrumの場所が判明した。

 

 

それから帰りがけに、ドリーンにSacrum のスペルを確認して「仙骨」であると日本語翻訳もできた。

 

 

このくらいの丁寧な経過をたどると、さすがの私でも強烈な印象と共に

Sacrumというワードはしっかり脳裏に焼き付けることができたのだった。

 

 

 

 

ややあってのヨガのクラスで、またこいつが出てきた。

 

 

 

でも今度はこの前と違った顔で、

「Sacral Chakra」仙骨のチャクラという言葉に変身しての登場だった。 

 

 

 

それまで、私の中でチャクラというのは、平面に書かれた平たい紙っぺらのイメージでしかなかった。

赤から始まって頭のてっぺんに行くと紫の色が塗られているこんなやつ。

 

 

 

 

ひらひらとひるがえる紙の上に書かれたものとして、チャクラという認識があった。

 

 

だから、第二チャクラと呼ばれる丹田のチャクラは、体の前面にだけにあるものだった。

 

それが、

Sacral Chakura、つまり仙骨のチャクラと言われたことで、

パァ~~~~っと立体化しちゃったのだ。

 

 

 

私ってかなり単純な作りになっているようだ。

丹田は体の前面、仙骨は体の背面にある平面的なものだったのが、

セイクラムチャクラという言葉だけで、

前も後ろも同じ第2チャクラで立体じゃないかと捉えられるようになったのだ。

 

 

 

そして、私の体そのものも奥行きがあって立体的な存在として蘇ってきた。

 

 

 

 

このイメージは、時間軸を直線的に捉えていた私の時間の観念も

同時にすっかりと覆えしてしまった。

 

 

おお、また会いましたね!というこのSacrumさんと共に、

私はここで Zと遭遇をしたのだった。

 

一体全体 Z って何やねん?

 

 

 

 

実は、Z という言葉で、私は空間が立体になったことを表現したかった。

 

 

 

 

 

XYという二次関数の平面の世界に、もう一本の軸「Z」が加わって立体的になるという感じ。

 

時間軸までが立体化することで、

過去は過ぎてしまって変えられないもの

未来はまだ来ない予測不能な不安を伴うものという概念が

どんどん、どんどん崩れ去って行ってしまった。

 

 

 

まだ十分に慣れていないけれど、「今」にいる私が

過去の私にも過去の出来事にも過去のあなたにも

そして未来の私にだってアプローチできちゃうんだぁ!という感覚。

 

 

 

 

そんなことがあってから、

私は、「死者の日」のイベントに、サンタモニカのWoodlawn Semetaryへ呼ばれるたように出かけて行き、

死者の日のイベントが描かれた映画を、内容を知らぬまま観ることになる。→COCOは過去?ココは未来?

 

 

 

死者の日のイベントと、その後で観た映画とのシンクロ。

映画の内容が私に伝えたかった時間軸の概念。

 

 

時間軸を行ったり来たりすると

魔法使いになれるんだなぁと思った。

 

 

 

 

 

 

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