COCOは過去?ココは未来?

集合意識のようなものを感じる瞬間って、
過去が今にやってきたり、未来が今あるような感覚じゃないかと思った。

 

そんな時間軸のことを考えていたら、昨年(2017年)の秋、ハロウィンの頃に観た映画を思い出した。

たまたま成り行きで映画を観ることになり、
娘から提示された二択のサジェスチョンから私が選んだ映画だった。

どうしても観たくてと言う思い入れがあったわけでもなく、事前にサマリーや評価を調べた訳でもないのだけど、
映画を観た日から遡ること10日ほど前の出来事とリンクしていてびっくりしたことを覚えている。

 

 

 

 

その映画は、COCO と言う題名(邦題はリメンバーミー)で、メキシコが舞台。
主人公はミゲルという12歳の少年だった。

ミゲルのひいおばあちゃんのMama COCOは、幼い頃父親に捨てられた。
Mama COCOのお父さんは、幼い娘と妻より音楽の道を選んで二度と家に帰ってこなかった。

そんな過去の歴史があるから、ミゲルの家では音楽は一切禁止されている。

でも、音楽が好きでたまらないミゲルは

家族に隠れて歌とギターの練習をしている、というのがバックボーン。

自分より音楽の道を優先した父親を、Mama COCOは恨んでいるだろう、
きっと彼が愛した音楽など金輪際聴きたくもないはずという、
優しいけど歪んだ家族の思い込みが決めた、”決して音楽には触れてはならない”という掟。

「家族以上に大事なものなどこの世にない」というくらいに

家族を大切にしているミゲルの一家だからこその掟。

それを、ひょんな経緯から死者の国に行ったミゲルが、そんな過去の誤解を解いてくるというお話。

 

誰かの誤認による『設定』の上に、ミゲルの人生が営まれ、
ミゲルのハートの底から溢れ出る欲求を抑えつけてきた、ということ。

 

 

死者の国に行ったミゲルには、数々の困難やアクシデントが襲いかかるのけど、
「過去」という、変えられないはずの時間軸を「見た」ミゲルによって、
家族の「設定」は見事に覆され、現実までもが全く違ったものへとなってゆく。

あなたは言うかもしれない。

『ミゲルは死者の国へ行く機会に恵まれたから
過去の誤認を解くことができたんだよ』と。

『死者の国へ行くことなどできっこないのだから、
過去にあった思い違いや誤認を、
今になって変えることなど、全くもって不可能なんだよ』と。

本当にそうだろうか?

勝手な思い込みや、自分勝手な決めつけを正しいと認めた時点で、
それはそれの実現に向けて進んでいく。

自分がそうだと承認してしまうことで進んでいく現実。

誤認を解くより、自分の解釈を採用した方が痛みもないし
行うアクションも少なくて済むから、省エネじゃんって思っちゃう。

『それはわかるよ、今生きている人に対して確認をするのなら
そりゃあ、ほんの少しの勇気を奮い立たせれば可能なのかもしれないよ。
でもさ、死んじゃった人にはできないでしょ?』

 

確かに死んでしまった人には会えない。
でも、死んでしまった人は、どこにでも存在することができる。

だから聞いてみたらいいと思う。
そしたら心に答えが返ってくるはずだから。

私は、その答えをずっと疑ってきた。
「いや~、そんなはず無いっしょ~。そんな馬鹿な!私の感覚なんてあてにならないったらありゃしない」

私たちはこうやって知らぬ間に、ハートの底から聞こえてくる声に耳をふさぐ。

信じられないと言って、鼻で笑い飛ばして闇に葬ってしまう。

こんな風に、自分のことを受け入れないというのは本当に苦しい。

他人からいくらちやほやされようと、言葉面での賞賛を浴びようと、
自分が自分で自分を認めない限り、承認欲求を道連れにした葛藤は終わりなき旅として続く。

ひとまず、その葛藤の旅はおしまいに!

過去の間違った思い込みに縛られていたミゲルの一家が、
そうに違いないという思い込みの設定をほんのちょっと変えたことで、
固く閉ざされた現在までもが氷解していく。

自分で作った設定で自分に魔法をかけたのは自分だから、魔法は自分で解けるのだと思う。

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